- 文化・歴史
日向国分寺跡・木喰五智館
ひゅうがこくぶんじあと・もくじきごちかん聖武天皇の命により全国に建てられた国分寺・国分尼寺の一つ
木喰(もくじき)上人作仏像彫刻作品の中で国内最大級の坐像5躯安置
「日向国分寺」について
建立の時期については定かではありません。なお、『続日本記』の天平勝宝8(756)年12月20日の条に、越後・丹波をはじめ日向など26か国が記載されていることから、国分寺・国分尼寺建立の詔が発せられた741年から756年までの16年間に建立されたと考えられています。
「木喰五智館」について
館内には木喰上人作の造仏を安置しています。造仏は、一般に『五智如来像』といわれており、宝生如来坐像、薬師如来坐像、大日如来坐像、阿弥陀如来坐像、釈迦如来坐像の5躰です。
木喰上人は、56歳の1773年(安永2年)からの遊行僧として全国行脚に出て、71歳の1788年(天明8年)に宮崎に入り、1797年(寛政9年)まで日向国分寺の住職でした。在職中の1791年に日向国分寺がが火災にあい、その再興の中で『五智如来』を完成しました。
木喰五智館の変遷
明治初めの廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により『五智如来像』は市内の仙光寺に移され難を免れました。1887年(明治20年)頃に地元の人たちによって廃墟跡地に瓦葺き入母屋造りの「お堂」が建設され、『五智如来像』は再びその「お堂」に安置されました。その後、自然災害等で損傷・修復を重ねた「お堂」は、1947年(昭和22年)3月、再び地元の人たちによって再建され、平成7年(1995年)7月まで維持されてきました。現在の「木喰五智館」は、平成8年(1996年)3月に新築されたものです。
館の南側に樹齢約800年の大銀杏が茂っています。木喰上人はこの樹に龕(がん)を造り、自作の小さな像を祭って「この樹生い育ち、樹皮が龕(がん)を包み込んだ時、我、再び世に現れん・・・」と告げてこの地を旅立ったと伝えられています。
- 基本情報
- 周辺地図
所在地 | 西都市大字三宅 |
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URL | http://www.city.saito.miyazaki.jp/display.php?cont=100210184459 |
営業時間 | 8:30~17:00 |
駐車場 | 有/6台 |
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